Vol.23 現代という現代

現代という現代

 大きい(強い)ものが小さい(弱い)ものをのみこむ原理。その凌駕の過程は、優性の法則のごとし。そして今、それは人間の心理にまで及んでいる。

 池井戸潤氏の「下町ロケット」風に例えてみよう。
 あいう社に帰属するイロハ氏は、優秀な技術者であり、開発者であった。とある製品の開発に携わり、彼は新たな発見を含めた画期的な構造を二通り試作した。その一つがAという装置で、そのAはこれまでにない数値をたたきだす斬新かつ秀逸なシステムであった。ただひとつ、人に優しい代物であるかといえば、そうではなかった。もう一つのBという装置は、新たな発想はとりこんだもののAにははるかに及ばぬ数値であった。でも、人にとっては優しいシステムであった。
 イロハ氏は新製品に用いるシステムとして、A・B並記する形で提案したが、気持ちの上ではBを推していた。あいう社幹部は、こぞってAを用いる見解であったが、開発者であるイロハ氏は、引きさがらずBでと要請した。結果、あいう社は新製品に用いるシステムとしてBを選択した。
 ライバル会社であるえおか社は、同じころイロハ氏作製のAシステムに迫るA’システムを開発。かくして両社は競合する製品において、あいう社製Bシステムとえおか社製A’システムが競う形となった。えおか社はA’システムの優位性を説いて、あいう社製Bシステムをつぶしに来た。結果、軍配はA’システム率いるえおか社にあがった。イロハ氏はあいう社幹部から中傷にさらされたのは言うまでもない。

 相手よりも上であることが求められ、それこそが第一の目的となる現代。どんなに素晴らしいものでも負ければクズと化す。人のために生み出された製品が、人を見ないシステムに埋め尽くされているやもしれない。

PS
 楽して稼ぐ。楽して儲ける。素敵なことかもしれない。ある意味、現代社会の進むべき道標となっているようにも見える。合理化、IT化、効率化の中で、最短、低コスト、脱ムダで結果の得られる方法のみが生き残っていく社会。ものの考え方をもこれに同調する傾向をあらわしている。つまり、人間が介在・関与する場面がほとんど無くて良いのである。できることなら、なるべく関わらないでできればいいとさえ思っている人間の心理があるということである。人間の望むべき未来の姿が人が関わらないで済む世の構築とはなんとしたことであろう。
 人間の幸福感とは何ぞや?光を浴び、水に触れ、土に触れ、風に触れ、植物に触れ、動物に触れ、そして人の心に触れること。自然や人間と互いに関わりあう中に生まれいずる喜びという名の幸。
 余計なことは考えるな!考える前に手を動かせ!急かされて産み出される空虚で陳腐なパチもん。そこに愛はあったんかい?

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