「走れメロス」の題材となったシラーの「人質」 

 太宰治の「走れメロス」は、ベートーヴェンの『第九』交響曲の歌詩『歓喜の歌』で知られるフリードリヒ・フォン・シラーの著した「人質」という詩を基にして書かれたものである。「人質」の邦訳は、いくつかある中で、太宰が原本としたのは、小栗孝則訳のものである。「走れメロス」と比較しながら読んでもらうとわかると思う。全く同じ部分もあれば、全く存在しない部分もあることに。そして、「人質」にはなかった部分をあぶり出していけば、「走れメロス」の意図が見えてくるだろう。以下に小栗孝則訳の「人質」を載せておく。

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人質 譚詩 フリードリヒ・フォン・シラー 小栗孝則訳

暴君ディオニスのところに
メロスは短劍をふところにして忍びよつた
警吏は彼を捕縛した
「この短劍でなにをするつもりか? 言へ!」
險惡な顏をして暴君は問ひつめた
「町を暴君の手から救ふのだ!」
「磔になつてから後悔するな」- (磔=はりつけ)
「私は」と彼は言つた「死ぬ覺悟でゐる
命乞ひなぞは決してしない
ただ情けをかけたいつもりなら
三日間の日限をあたへてほしい
妹に夫をもたせてやるそのあひだだけ
その代り友逹を人質として置いてをこう
私が逃げたら、彼を絞め殺してくれ」
それを聞きながら王は殘虐な氣持で北叟笑んだ
そして少しのあひだ考へてから言つた
「よし、三日間の日限をおまへにやらう
しかし猶予はきつちりそれ限りだぞ
おまへがわしのところに取り戾しに來ても
彼は身代りとなつて死なねばならぬ
その代り、おまへの罰はゆるしてやらう」
さつそくに彼は友逹を訪ねた。「じつは王が
私の所業を憎んで
磔の刑に処すといふのだ
しかし私に三日間の日限をくれた
妹に夫をもたせてやるそのあひだだけ
君は王のところに人質となつてゐてくれ
私が繩をほどきに歸つてくるまで」
無言のままで友を親友は抱きしめた
そして暴君の手から引き取つた
その場から彼はすぐに出發した
そして三日目の朝、夜もまだ明けきらぬうちに
急いで妹を夫といつしよにした彼は
氣もそぞろに歸路をいそいだ
日限のきれるのを怖れて
途中で雨になつた、いつやむともない豪雨に
山の水源地は氾濫し
小川も河も水かさを增し
やうやく河岸にたどりついたときは
急流に橋は浚はれ
轟々とひびきをあげる激浪が (轟々=ゴウゴウ)
メリメリと橋桁を跳ねとばしてゐた
彼は茫然と、立ちすくんだ
あちこちと眺めまはし
また聲をかぎりに呼びたててみたが
繫舟は殘らず浚はれて影なく
目ざす對岸に運んでくれる
渡守りの姿もどこにもない
流れは荒々しく海のやうになつた
彼は河岸にうづくまり、泣きながら
ゼウスに手をあげて哀願した
「ああ、鎭めたまへ,荒れくるふ流れを!
時は刻々に過ぎてゆきます、太陽もすでに
眞晝時です、あれが沈んでしまつたら
町に歸ることが出來なかつたら
友逹は私のために死ぬのです」
急流はますます激しさを增すばかり
波は波を捲き、煽りたて
時は刻一刻と消えていつた
彼は焦燥にかられた、つひに憤然と勇氣をふるひ
咆え狂ふ波間に身を躍らせ
滿身の力を腕にかけて流れを搔きわけた
神もつひに憐愍を垂れた
やがて岸に這ひあがるや、すぐにまた先きを急いだ
助けをかした神に感謝しながら-
しばらく行くと突然、森の暗がりから
一隊の强盜が躍り出た
行手に立ちふさがり、一擊のもとに打ち殺そうといどみかかつた
飛鳥のやうに彼は飛びのき
打ちかかる弓なりの棍棒を避けた
「何をするのだ?」驚いた彼は蒼くなつて叫んだ
「私は命の外にはなにも無い
それも王にくれてやるものだ!」
いきなり彼は近くの人間から棍棒を奪ひ
「不憫だが、友達のためだ!」
と猛然一擊のうちに三人の者を
彼は仆した、後の者は迯げ去つた (仆=たおす)
やがて太陽が灼熱の光りを投げかけた
つひに激しい疲勞から
彼はぐつたりと膝を折つた
「おお、慈悲深く私を强盜の手から
さきには急流から神聖な地上に救はれたものよ
今、ここまできて、疲れきつて動けなくなるとは
愛する友は私のために死なねばならぬのか?」
ふと耳に、潺々と銀の音色のながれるのが聞こえた(潺々=センセン)
すぐ近くに、さらさらと水音がしてゐる
じつと聲を呑んで、耳をすました
近くの岩の裂目から滾々とささやくやうに (滾々=コンコン)
冷々とした淸水が涌きでてゐる
飛びつくやうに彼は身をかがめた
そして燒けつくからだに元氣をとりもどした
太陽は綠の枝をすかして
かがやき映える草原の上に
巨人のやうな木影をゑがいてゐる
二人の人が衜をゆくのを彼は見た     (衜=道)
急ぎ足に追ひぬこうとしたとき
二人の會話が耳にはいつた
「いまごろは彼が磔にかかつてゐるよ」
胸締めつけられる想ひに、宙を飛んで彼は急いだ
彼を息苦しい焦燥がせきたてた
すでに夕映の光りは
遠いシラクスの塔樓のあたりをつつんでゐる
すると向ふからフィロストラトスがやつてきた
家の留守をしてゐた忠僕は
主人をみとめて愕然とした
「お戾りください! もうお友逹をお助けになることは出來ません
いまはご自分のお命が大切です!
ちようど今、あの方が 死刑になるところです
時間いつぱいまでお歸りになるのを
今か今かとお待ちになつてゐました
暴君の嘲笑も
あの方の强い信念を變へることは出來ませんでした」-
「どうしても間に合はず、彼のために
救ひ手となることが出來なかつたら
私も彼と一緒に死のう
いくら粗暴なタイラントでも (タイラント=暴君・専制君主)
友が友に對する義務を破つたことを、まさか褒めまい
彼は犠牲者を二つ、屠ればよいのだ (屠る=切り裂く・殺す)
愛と誠の力を知るがよいのだ!」
まさに太陽が沈もうとしたとき、彼は門にたどり着いた
すでに磔の柱が高々と立つのを彼は見た
周囲に群衆が撫然として立つてゐた
繩にかけられて友逹は釣りあげられてゆく
猛然と、彼は密集する人ごみをきわけた
「私だ、刑吏!」と彼は叫んだ「殺されるのは!
彼を人質とした私はここだ!」
がやがやと群衆は動搖した
二人の者はかたく抱き合つて
悲喜こもごもの氣持で泣いた
それを見て、ともに泣かぬ人はなかつた
すぐに王の耳にこの美談は傳へられた
王は人間らしい感動を覺えて
早速に二人を玉座の前に呼びよせた
しばらくはまぢまぢと二人の者を見つめてゐたが
やがて王は口を開いた。「おまへらの望みは叶つたぞ
おまへらはわしの心に勝つたのだ
信實とは決して空虛な妄想ではなかつた
どうかわしをも仲間に入れてくれまいか
どうかわしの願ひを聞き入れて
おまへらの仲間の一人にしてほしい」

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シラー作「人質」小栗孝則訳 版 PDF

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 この詩をさらなる自由と愛に裏打ちされた人間味ある物語へと昇華させたのが太宰である。冷徹な王のイメージカラーとして太宰は「青」とし、最後は人の温かい血が流れた「顔を赤らめて」からわかるとおりの「赤」へと変わる対比を明確にしていった。また、熱い男メロスのイメージカラーも「赤」であり王との差異を感覚としてもとらえやすくしている。そう「人質」にさらなる人間の赤い血を通わせたのが「走れメロス」なのであろう。

 硬く受け取られがちなシラーの詩を小栗孝則氏は柔らかく訳そうとしたことは認められるが、太宰はさらに人間臭さを加えて「友達」とでしか書かれてなかった彼に名前「セリヌンティウス」を与え、「友情」や「緋のマントを捧げる少女」の部分を加筆した。締めくくりは「勇者は、ひどく赤面した。」とあるとおりメロスは絵空事の「ヒーロー(英雄)」ではなく、赤面するようなどこにでもいる普通の人間に戻したのである。こんな奴(くじけそうになるが、信頼に報うために走る純真すぎるちょっとイタい奴)がいて欲しいし、それを許せる世の中であってほしいという太宰の叫びがこもっていると思う。

「走れメロス」との相違点

メロスの人物像・素性

  • 「走れメロス」では、メロスは村の牧人で、妹と二人暮らしで、シラクスの街に来たのは妹の花嫁衣装を調達するためとなっている。街でメロスは、王の暴君ぶりを知る。性質は単純、曲がったことは嫌いであるとしている。
  • 「人質」では、メロスの素性・職業は明らかにしていない。また、メロスはシラクスの住人であるかに見える。--後の「フィロストラトス」が、メロスの忠僕となっている点も踏まえ。また、王城へ乗り込むいきさつはない。

妹および妹のいる村の描写

  • 「走れメロス」では、会話を含め妹や花婿、村人の描写がある。
  • 「人質」には、全くない。

韻文表現

  • 「走れメロス」では、「雨中、矢のごとく走り出た。」「波は波をのみ、巻き、あおり立て、そうして、時は刻一刻と消えていく」「押し寄せ渦巻き引きずる流れを、なんのこれしきとかき分けかき分け」など、臨場感のあるたたみかけるようなリズミカルな表現を意図的に多用している。
  • 「人質」にもないわけではないが、限られている。

登場人物の内面描写

  • 「走れメロス」には、メロスの苦悩・逡巡・迷い・あがき といった人間くささを表わす場面がある。また、友達(セリヌンティウス)、王(デイオニス)、妹、民衆、それぞれのキャラクターの役柄が詳細に描かれてられている。

友との殴り合い

  • 「走れメロス」では、王城へ帰り着いたメロスが、竹馬の友セリヌンティウスと殴り合う場面を付加した。

緋のマントを捧げる娘

  • 「走れメロス」では、緋のマントを捧げる娘が登場する場面を付加している。エンディングとしては「どっと群衆の間に、歓声が起こった。『万歳、王様万歳。』」で終ってもよいところを、緋のマントを捧げる場面を付加したのである。

人間味に裏打ちされた「走れメロス」の世界を、我々は楽しんでいる。これは、太宰の何よりも大きな功績であると言える。前述したが、シラーの「人質」に暖かい人間味のある血を通わせたのが太宰なのである。

  • 「暴君ディオニスは、群衆の背後から二人のさまをまじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づき、顔を赤らめて、こう言った。」
  • 「勇者は、ひどく赤面した。」

暴君といわれた王にも人間の血が流れた様子を克明に描き、メロスは絵空事の英雄で終らせず、赤面するという人間くささ(人間味)のある地点へ戻す決定的な場面としたのである。

hirorin について

東京で中学の国語教師をしていました。
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